俺に価値などないよ

たまに「死」について考えます。

あぁ別に、もう死んでしまいたいとか、

そういう感じじゃなくね。

 

概念としての「死」です。

 

「死」というのはやっぱりわたしにとっては終わりなんですよね。

死後の世界とか、生まれ変わりとか、

本心で信じれる人はもう怖いものは無いと思いますよね。

だって死んだって先があると思ってるんだから。

 

フィクションでの「死」なんてのはどうでもよく、

というか置いておいて。

 

伝え聞く「死」の話と、

身近な人の「死」と、

自分の「死」と。

 

これはまったく同列には語れないと思うんですよね。

特に最後の自分の「死」は、

それ以外の「死」とは計り知れない溝があると思います。

 

所詮他人の「死」は頭で考えている、思っていることで、

考えるということそのものが出来なくなる、

ということとは意味が全然違うと思うんですよね。

まったくの無なるわけで。

まさに永眠という言葉がぴったりのような気がします。

 

眠りは目覚めることにより眠っていたことを認識しますよね、

目覚めなくては眠っていたことすら分からないんですよね。

そこにあるのは無です。

このことを考え出すとほんとに「死」というものが、

ホントに怖くて仕方がなくなります。

 

でも日常生活では

そんなこときれいに忘れて、

不摂生に意味無く生きてるのはどうしたもんですかね。

 

 

どうもしないけどね。

 

【引用終わり】

 

これ実は数年前に書いたんだけど、

あんまり変わってないね。

“たまに”が“よく”になったくらいかな。

 

しかし、相変わらず頭悪そうな文章だな。

 

 a flood of circle / I'M FREE

このタイトルでいきなり「俺は無価値だ!」って

割とすぐわかるものなのかなぁ。

単純にFREE=自由だと思っていて、

あとから気付いて“あぁ!”ってなった記憶があります。

 

a flood of circleはすごくすきです。

シングル、リード曲は飛ばしたものが多いんですが、

それだけじゃないので。

アルバムを聴いて欲いし、なんならライブへ、もっといいから。

最近行けてないんだけど・・・。

 

佐々木さんのシャウトがすきだ。

激しいだけなく、

“YU-REI Song”のシャウトとかすごくすきなんですよね。