時をふり返って望むものはないさ

前回の記事で投げっぱなしにしていたんだけど、
最近WINOのベストをよく聴いていました。


正直ベストしか持っていないし、
それほど追っかけていたバンドではないけど、
今聴いてもすごくカッコいいバンドですね。
時代的にも英語詞でやりそうなサウンドですが、
日本語詞がしっかり乗っていてそれでいて詩の内容もすきです。
もちろん音もざらついた感じや、
メロディがしっかりある感じもすき。



WINO / THE ACTION





良くも悪くも〝太陽は夜も輝く”が出過ぎましたね。
(一概には言えませんが、
 結果的にあまりよくなかったような気がします)




最近思うこと、
著名な方が亡くなったのは分からなくはないが、
そんなニュースを長々と見せられるのは勘弁して欲しい。
みんなが知ってる方だから親近感が湧くのだろうが、
そんなに騒ぎ立てる必要があるのかな?
わたしは人が悲しんでいる姿を長々と見つめる趣味は無いので、
その日はニュースを見るのをやめました。
毎日とは言わないがそれこそ不慮の事件・事故で亡くなる人は頻繁にいるが、
その方がよっぽど悲劇ではないのだろうか。
知っているか知らないか、
想像力があるというか働かせるかどうかの違いなような気がします。


わたしはすでに母親がいない。
平均的な寿命の事を考えると早いけど、
わたしが成人してから他界したので時期的にはすごく早いとまではいかない。
もちろん悲しいけど客観的に見ると特別なこととは思ってなくて……
あまりそういう観点で人に話したことはない。
なんの話だっけ?


そう、だからこのニュースは個人的にはもう見たくない。
追悼特番をこぞって観る人の気持ちが、
わたしにはよく理解出来ません。


ニュースと言えば将棋の連勝ですが、
世間が将棋に興味ないのと、
連勝おめでたいフィーバーの波に乗りたい、
という気持ちのバランスが取れてなくてひどい。


号外もらってインタビュー受けてる人もなんでしゃべれるのか理解出来ないし。
すぐ次の日の朝に一番時間割いた話題が対局途中の飯の話ってなんなの。
しばらく経ってからならまだ分かるけど。



なんか気分がやさぐれてるな……気をつけます。
すいませんでした。



ではまた~